「顧問先が少ないので、うちでは難しいですね」

小規模な税理士事務所の先生が、M&A仲介会社にそう言われて断られる。電話を切ったあと、その一言だけが頭に残る。そんな夜を過ごしていらっしゃるかもしれません。

先にお伝えしたいことがあります。断られたのは、先生の事務所に価値がないからではありません。理由の多くは、仲介会社の側の事情にあります。

この記事で整理したのは3つです。小規模・顧問先少数の事務所が敬遠されやすい構造、件数が少なくても評価されうるポイント、そして断られた後に検討できる道。廃業も、対等な選択肢として並べます。

事務所の将来そのものをどう考えるかは、税理士60代・一人事務所の将来|3つの道と今できることもあわせてご覧ください。

「断られた」からといって、事務所の価値が否定されたわけではありません

一つの道が閉ざされても、他の選択肢が残っていることを示す分かれ道のイラスト

断られた直後は、何とも言えない気持ちになるものです。長く続けてきた事務所を、数分の会話で対象外と扱われたように感じる。その感覚は自然なものだと思います。

同じ経験をされた先生は、決して少なくありません。日本税理士会連合会の税理士実態調査によると、60歳以上の税理士が全体の5割を超えています。引退や承継を考える先生の数に対して、受け皿の側が追いついていないのが実情です。

中小企業庁は、公的な相談窓口である事業承継・引継ぎ支援センターについて、民間機関では取り組みにくい小規模な案件の相談も受けていると説明しています。民間だけでは拾いきれない領域があることは、国の側も前提にしているわけです。

つまり、断られる理由は事務所の質ではありません。次の章で、その構造を説明します。

なぜ小規模・顧問先少数の事務所はM&A仲介から敬遠されやすいのか

自分の事務所のせいだと思ってしまうかもしれませんが、話は逆です。理由は数字の側にあります。

多くのM&A仲介会社は、成約したときにだけ報酬を受け取る成功報酬型です。報酬の計算には「レーマン方式」が使われることが多く、5億円以下の部分は5%といった料率が業界の目安です。取引金額が大きいほど料率が下がる、段階制の計算方法をいいます。

ここで、仮の数字で考えてみます。譲渡対価が2,000万円だったとして、料率5%なら報酬は100万円。一方、相手先探し、資料の準備、条件交渉と担当者が動く手間は、案件の大小でそれほど変わりません。

そのため、多くの仲介会社は最低手数料(ミニマムフィー)を設けています。M&A仲介各社が公開している手数料の解説を見ると、水準は数百万円台から、案件によっては1,000万円を超える例まで幅があるようです。売り手にとっては、手取りが大きく削られる金額になります。

仲介会社が不誠実だという話ではありません。事業として成り立つ規模の線引きがあり、小規模事務所がその線の外側に置かれやすい。それだけのことです。

なお、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」では、提供する業務の内容と手数料の額について、仲介会社が依頼者に説明することが求められています。断られた理由や費用の考え方を尋ねるのは、失礼な話ではありません。

顧問先数が少なくても評価されうるポイント

規模の小ささを引け目に感じる必要はありません。譲り受ける側が見ているのは、件数だけではないからです。

まず、契約継続年数。10年、20年と続いてきた顧問契約は、簡単には生まれません。関係が安定しているほど、引き継いだ後の収益が読みやすくなります。

次に、顧問単価と利益率。顧問先が10件でも、一件あたりの報酬が高く経費が抑えられていれば、件数の多い事務所より収益性が高いことがあります。件数は規模の指標であって、収益性の指標ではありません。

そして、業種の希少性や専門特化。医療、農業、建設業、国際税務といった特定分野に強い事務所は、その分野を伸ばしたい相手にとって意味を持ちます。

「小さいから価値がない」ではなく、「何が引き継がれるのか」を言葉にできているかどうか。ここが伝わらないまま断られているケースもあります。

断られた後に検討できる道を、廃業も含めて並べてみます

一つの窓口に断られただけで、道が閉ざされたわけではありません。相談先はいくつかあり、それぞれ性格が違います。

公的窓口。国が全国47都道府県に設置している事業承継・引継ぎ支援センターが代表格です。相談は無料で、秘密は守られます。

同業ネットワーク。所属する税理士会支部の個別相談や、日頃つながりのある同業の先生への打診。顧問先の業種や地域を分かっている相手なら、話が早く進むことがあります。

民間仲介。断られたのが1社だけなら、小規模案件を扱う会社を探し直す余地は残っています。

ルート 向いているケース 費用感 スピード感
公的窓口(事業承継・引継ぎ支援センター) 何から始めるか決まっていない。小規模で民間に断られた 相談は無料 じっくり。まず現状整理から
税理士会支部・同業ネットワーク 地域や業種のつながりを活かしたい。ただし地域内で話が伝わる可能性は考えておく 原則かからない 相手次第。早いことも、決まらないことも
民間M&A仲介 譲渡の意思が固まり、条件交渉まで任せたい 成功報酬に最低手数料が加わることが多い 比較的早い。ただし受任基準がある
廃業(計画的な閉鎖) 引き継ぐ相手が見つからない。時期を自分で決めたい 実費と手続きの負担 半年から1年程度の準備期間

廃業も、計画的に選べば誠実な選択です

売却できなければ失敗、という話ではありません。顧問先の引き継ぎ先を用意し、決算期や申告期を避け、時間をかけて説明していく。そうやって閉じた事務所は、顧問先に迷惑をかけずに終われます。

むしろ、決断を先延ばしにしたまま体調を崩し、急に閉じることになるほうが、顧問先には負担が大きくなります。廃業を「逃げ」と考える必要はありません。

顧問先への具体的な段取りは税理士事務所の廃業で顧問先をどう引き継ぐ?半年前からの実務にまとめています。

公的窓口(事業承継・引継ぎ支援センター)を使う具体的なステップ

次に何をすればいいか分からない、という先生のために、公的窓口を使う場合の流れを書きます。

事業承継・引継ぎ支援センターは、国が全国47都道府県に設置している相談窓口です。運営は各地の商工会議所などが担い、中小企業基盤整備機構がポータルサイトで情報をまとめています。成約報酬で動く組織ではないため、「売らない」という結論も含めて話せるのが特徴です。

  1. お住まいの都道府県のセンターを探す。中小機構の事業承継・引継ぎポータルから一覧をたどれます。
  2. 電話またはWebフォームで相談を申し込む。平日の日中対応が中心です。
  3. 初回相談を受ける。中小企業診断士や金融機関出身の相談員が、事務所の状況とご希望を聞き取ります。相談は原則無料で、秘密は守られます。
  4. 方向性を整理する。第三者への引き継ぎ、親族内での承継、後継者人材バンクの活用など、当てはまる選択肢を一緒に絞り込みます。
  5. 次のステップへ進む。センターに登録された民間の支援機関を紹介される場合もあれば、民間では扱いにくい案件をセンター側が弁護士・税理士等と連携して継続支援する場合もあります。

後継者人材バンクは、創業を目指す人と後継者のいない事業者を引き合わせる仕組みです。事務所の承継では、独立を考えている若手税理士とつながる可能性があります。

相談前に準備しておきたい資料・情報

相談の場で答えられない項目が多いと、話が前に進みません。手元にあるものだけでも先に揃えておくと、一度目の相談が濃くなります。

  • 顧問先リスト(件数、業種、契約が何年続いているかの概算。会社名は伏せて構いません)
  • 顧問契約書の写し(報酬額と契約期間が分かるもの)
  • 直近2〜3期の決算書または確定申告書
  • スタッフの人数と雇用形態、使っている会計・申告システム
  • 先生ご自身のご希望(いつ頃までに、引退後も関与を続けたいかどうか)

完璧に揃える必要はありません。概算のメモ書きで十分です。

まとめ

断られたときに否定されたのは、先生の事務所ではなく、その会社の受任基準に合うかどうかだけです。

顧問先の数より、契約が続いてきた年数、単価、専門分野のほうが評価されることがあります。相談先も一つではありません。公的窓口、同業のつながり、別の民間仲介、そして計画的な廃業。どれを選んでも構いませんし、今日決めなくても構いません。

ただ、一人で抱え込まなくてもよいのだと思います。誰かに話してみて、初めて整理がつくことも多いものです。

事務所の将来の考え方は、税理士60代・一人事務所の将来|3つの道と今できることでも整理しています。


💬 誰かに話してみませんか。決めていなくても、大丈夫です

一度M&Aの窓口で断られたからといって、その事務所に価値がないわけではありません。公的な相談窓口も、同業のネットワークも、民間の仲介も、そして計画的に廃業するという道も、すべて対等な選択肢です。

エナウトパートナーズでは、「売る」と決まっていない段階からのご相談も承っています。今のお気持ちや事務所の状況を、一度誰かに話してみることで、見えてくるものがあるかもしれません。

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※ ご相談いただいたからといって、何かを決めなければならないわけではありません。廃業を考えていらっしゃる先生も、もちろんご相談いただけます。


よくある質問

M&A仲介に断られたら、もう事業承継の道はないのでしょうか。

そうとは限りません。断られる理由の多くは、その会社の受任基準や採算の問題です。公的窓口や同業のつながりなど、別の入口が残っています。

顧問先が数件でも公的窓口は相談に乗ってくれますか。

事業承継・引継ぎ支援センターは中小企業・小規模事業者を対象としており、個人事業主も含まれます。件数の少なさを理由に門前払いされる仕組みではありません。

公的窓口への相談は何を準備すればいいですか。

顧問先の件数と業種、直近の決算書か確定申告書、顧問報酬の水準が分かるもの。この3つがあれば初回は足ります。

民間仲介と公的窓口を同時に利用してもいいですか。

センターは登録された民間の支援機関を紹介することもあり、民間との併用は想定されています。ただし民間仲介と専任の契約を結ぶ場合は、契約内容をご確認ください。

廃業を選んだ場合、顧問先にはどう対応すればいいですか。

早めに伝えること、引き継ぎ先の候補を用意して紹介すること。この2つが基本です。時間をかけて準備した廃業は、顧問先にとっても誠実な終わり方になります。

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