考える男性ビジネスマン(引退時期を静かに思案する)

夜、事務所の明かりを消したあと、ふとそんなことを考えたことはありませんか。「自分はあと何年、この仕事を続けるのだろう」と。何歳で引退すればいい、と考えたとき、答えが出なくて当然です。税理士には、会社員のような定年がありません。だから、引退の時期は自分で決めるしかない。でも、その「自分で決める」がいちばん難しいのですよね。

この記事では、年齢という外部の基準ではなく、あなた自身の中に現れる5つの兆しをもとに、引退の時期を考えていきます。まだ決断する必要はありません。まずは、いまの自分がどのあたりにいるのかを確かめる材料として読んでいただければと思います。引退を漠然と考え始めた方は、その入り口として気楽に読み進めてください。

税理士に「定年」はない——だから、自分で決めるしかない

「何歳まで働けばいいのか」。この問いに、明確な答えを持っている先生は少ないのではないでしょうか。会社員なら60歳や65歳という区切りがありますが、税理士にはそれがありません。だからこそ、多くの先生がこの問いの前で立ち止まります。

「何歳まで」という問いへの正直な答え

正直に言うと、「何歳が引退の適齢期か」という問いに、一律の正解はありません。日本税理士会連合会の第7回税理士実態調査(令和6年)によると、60歳以上の税理士は全体の53.6%を占めています。半数以上が60歳を超えている、というのが業界の実情です。

一方で、70代、80代で現役を続ける先生もいれば、50代で事務所を畳む先生もいます。体力も気力も、顧問先との関係も、人それぞれ。だから年齢という数字だけでは、あなたにとっての正解は出てこないのです。

年齢で判断するのが難しい4つの理由

なぜ年齢で決められないのか。理由はいくつか重なっています。

ひとつは、健康や気力の個人差が大きいこと。同じ65歳でも、まだ何年でもやれる先生と、そろそろ体がきつい先生がいます。ふたつめは、顧問先との信頼関係が数字で測れないこと。長年支えてきた関係を、年齢を理由に手放していいのか、迷いが残ります。

みっつめは、後継候補がいるかどうかで、そもそもタイミングが変わること。引き継ぐ相手がいれば急がなくてもいいし、いなければ別の準備が要ります。そして最後に、「そろそろ引退したい」という気持ちと、「まだ自分がやらないと」という責任感が、心の中でせめぎ合うこと。この葛藤こそが、判断をいちばん難しくしているのかもしれません。

引退を考えるべき「5つの兆し」

では、年齢の代わりに何を手がかりにすればいいのか。ここからが、この記事の中心です。引退の時期は、外の基準ではなく、あなたの日々のなかに小さなサインとして現れます。それが次の5つです。まずは、いまの状態を照らし合わせてみてください。

兆し 当てはまる 少し当てはまる 当てはまらない
顧問先件数が3年で減少し、補充できていない ☐ ☐ ☐
「疲れた」「ミスが増えた」と感じる頻度が増えた ☐ ☐ ☐
後継候補の名前が浮かばない ☐ ☐ ☐
健康診断で「要経過観察」以上の項目があった ☐ ☐ ☐
家族・配偶者から「いつまで続けるの?」が出た ☐ ☐ ☐

3つ以上当てはまる方は、選択肢を整理する時期が近いのかもしれません。ただし、当てはまったからといって「すぐ引退しなければ」ということではありません。あくまで、立ち止まって考えるきっかけとして受け止めてください。

兆し1: 顧問先件数が3年で減少し、補充できていない

数字に表れる、いちばん見えやすい兆しです。顧問先が少しずつ減り、新しい先を補えていない。これは、先生の実力が落ちたということではありません。

年齢を重ねると、新規獲得への意欲が自然に下がり、紹介の輪もゆるやかに小さくなっていきます。長く続けた事務所ほど、こうした緩やかな縮小が起きやすいものです。これは事務所というものが持つ、終盤のフェーズとして自然に訪れるサインだと考えてみてください。あなたのせいではないのです。

兆し2: 「疲れた」「ミスが増えた」と感じる頻度が増えた

以前なら気にならなかった作業に、妙に疲れを感じる。うっかりミスが増えて、それが不安になる。そんな瞬間が増えていないでしょうか。

これは体の疲れと気力の疲れが、静かに重なってきているサインかもしれません。ミスへの不安が集中を乱し、その乱れがまた次のミスを呼ぶ。この悪循環に心当たりがあるなら、それは能力の問題ではなく、体が発している小さな合図なのかもしれません。責める必要はまったくありません。

兆し3: 後継候補の名前が浮かばない

「もし引退するとして、誰に引き継ぐか」。そう考えたとき、具体的な名前が浮かんでこない。これも大切な兆しのひとつです。

士業の世界でも後継者を見つけるのは簡単ではなく、名前が浮かばないこと自体は珍しくありません。むしろ、その事実に気づいたことこそがスタートラインです。後継者がいないなら、廃業・親族や職員への承継・第三者への引き継ぎ(M&A)といった選択肢を、早めに視野に入れておく余地が生まれます。

兆し4: 健康診断で「要経過観察」以上の項目があった

健康診断の結果に、以前はなかった項目が増えてきた。そんな経験はないでしょうか。ここで大切なのは、健康状態を引退の「強制理由」にしないことです。年齢や検査結果だけで自分を決めつける必要はありません。

一般的には、体調に不安を抱えながら一人で事務所を回し続けるのは、負担が大きいと言われています。要経過観察以上の項目がある、という状況が続いている場合は、健康を理由に辞めるというより、これからのことを一度棚卸しするきっかけとして受け止めてみてください。

兆し5: 家族・配偶者から「いつまで続けるの?」が出た

ご家族や配偶者から、ふとこう言われたことはありませんか。「いつまで続けるの?」。この一言は、5つの兆しのなかで、いちばん重いのかもしれません。

自分のことは、自分がいちばん見えにくいものです。本人よりも、近くで見ている家族のほうが先に変化に気づく。これはよくあることだと言われています。その言葉を聞いたとき、あなたはどう感じたでしょうか。ムッとしたのか、少しホッとしたのか。その感じ方のなかに、あなた自身の本音が隠れているのかもしれません。

5つの兆しが重なったとき——何を整理すればいいか

いくつかの兆しに心当たりがあると、少し落ち着かない気持ちになるかもしれません。でも、兆しがあってもすぐに決断する必要はないのです。まずは整理から始めましょう。焦らなくて大丈夫です。

「今の自分」と「事務所の未来」を切り分けて考える

考えごとがまとまらないときは、「今の自分」と「事務所の未来」を分けて考えると、頭のなかが整いやすくなります。

自分が引退したあと、この事務所はどうなるのか。顧問先はどこへ移るのか。職員がいれば、その人たちの仕事はどうなるのか。取引先への影響はどうか。こうしたことを、一度紙に書き出してみてください。頭の中で漠然と抱えているうちは大きく見えた不安も、書き出すと輪郭がはっきりします。そして不思議と、選択肢が自然に絞られていくものです。

引退後の選択肢を俯瞰する

整理が進んだら、引退後にどんな道があるのかを一度見渡してみましょう。どれが正解かではなく、あなたの状況に合う選択肢を探す材料として見てください。優劣をつけるための表ではありません。

選択肢 概要 主なメリット 主な検討事項
廃業(事務所を閉じる) 顧問先との契約を終了し、自力で整理する 手続きがシンプル、スケジュールを自分でコントロールできる 顧問先の移行先確保が必要、収入がゼロになるまでの計画が重要
親族・職員への承継 家族または勤務スタッフに引き継ぐ 信頼できる人に事務所を託せる、既存の顧問先関係が維持されやすい 後継者の意志・能力の確認が必要、後継育成に時間がかかる場合がある
M&A(第三者への売却) 他の税理士法人・個人事務所に事務所を売却する まとまった対価を得られる可能性、顧問先・職員の雇用継続が図られやすい 売り手・買い手のマッチングに時間がかかる場合がある、交渉プロセスへの対応が必要

どれかを選ばなければ、という段階ではありません。まずはそれぞれにどんな道があるのかを知っておくだけで十分です。引退を決めたら、次は事業売却のタイミングを考えることになりますが、それはまた先の話。今日はここまでで大丈夫です。

「売ると決めていなくても相談できる」——そんな問い合わせ窓口があります。まずは気軽に話を聞いてみることもできます。

よくある問い——「まだ早いかも」と思ったら

ここまで読んで、「自分にはまだ早いのでは」と感じた先生もいらっしゃるかもしれません。安心してください。引退の判断に、早すぎることも遅すぎることもありません。よく寄せられる問いに、いくつかお答えします。

Q1. 5つの兆しがあっても、続ける選択はできますか?

A. もちろんできます。5つの兆しは「引退の合図」ではなく、「考えるきっかけ」です。兆しに気づいたうえで、それでも続けると決めるのも立派な選択です。準備を始めることと、実際に決断することは別のもの。少しずつ整理しながら、続けるという道を選んでいる先生もたくさんいらっしゃいます。

Q2. 顧問先がまだいるのに、引退を考えていいのでしょうか?

A. むしろ、顧問先がいるうちに動くほうが、選べる道は広がります。契約が減ってからでは、承継も売却も条件が限られてしまうことがあります。長年支えてくれた顧問先を大切に思うからこそ、余力のある早めのうちに考えておくことが、いちばん誠実なやり方かもしれません。

Q3. 家族に相談しにくいのですが、どこに話せばいいですか?

A. 身近な人には話しにくい、というのはよくあることです。同じ立場の同業者や、税理士会などの業界団体に相談する先生もいます。もう少し具体的に道筋を整理したいときは、士業のM&Aや事業承継を支援する専門家に、話を聞いてもらうという方法もあります。決めていなくても、話すだけで気持ちが軽くなることもあるものです。

Q4. 引退後、何もしない生活が不安です。

A. その不安は、とても自然なものです。引退といっても、すべてをやめる必要はありません。顧問として一部の先に残る、非常勤で関わり続けるなど、緩やかに手を引いていく道もあります。引退は終わりではなく、これからの時間をどう使うかを選び直す、新しいスタートでもあるのです。

一人で抱え込まないために

ここまで読んでくださって、少し気持ちが動いた先生も、まだ何も決まっていない先生もいらっしゃると思います。それで大丈夫です。まだ何も決めなくていいのです。

私たちエナウトパートナーズは、「売りましょう」ではなく「一緒に考えましょう」という立場でお付き合いしています。何かを決めた段階からではなく、決めていない段階から、先生の隣で一緒に考える。それが私たちのやり方です。引退に向けた準備の進め方について、まずは頭の整理から一緒に始めることもできます。来週どうするかを、今日決める必要はありません。焦らず、あなたのペースで大丈夫です。


「まだ何も決めていない」——それで、いいんです

引退の時期は、誰かに急かされて決めるものではありません。エナウトパートナーズは、「売る」「辞める」と決まっていない段階からご相談を受けています。今日お話しすることで、来週どうするかを決める必要はありません。「自分の今の気持ちを、第三者に聞いてもらう」——それだけでも、頭の中が少し整理されることがあります。まずは30分、先生のペースでお話しできればと思います。

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まとめ

引退を考える手がかりになる、5つの兆しを振り返ります。

  • 顧問先件数が3年で減少し、補充できていない
  • 「疲れた」「ミスが増えた」と感じる頻度が増えた
  • 後継候補の名前が浮かばない
  • 健康診断で「要経過観察」以上の項目があった
  • 家族・配偶者から「いつまで続けるの?」が出た

引退の時期に、正解はありません。でも、これらの兆しに気づけたことが、もう第一歩です。今日はここまで気づけた自分を、少し認めてあげてください。

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