「あの職員になら、安心して任せられるかもしれない」——そう感じていらっしゃるのは、先生だけではありません。

平日の夜、事務所に一人残って明日の段取りを考えるとき。ふと、長年そばで働いてくれた職員の顔が浮かぶ。そんな所長は少なくないのではないでしょうか。育ててきた職員に事務所を継いでもらう「内部承継」は、実在する選択肢のひとつです。ただし、職員への承継には段取りと年月がかかります。

この記事では、内部承継を「5年計画の全体像・後継者の育て方・お金と税金の段取り・つまずきやすい点」の4つに分けて整理します。なお、内部承継だけが正解ではありません。外部M&Aも対等な選択肢として、フラットにお伝えします。事業承継の選択肢を全体から整理したい方は、税理士の後継者問題、どうする? 4つの選択肢を整理してみたもあわせてご覧ください。

「育てた職員に、継いでもらえないだろうか」——その想いは、現実的な選択肢です

育てた職員に事務所を継ぐ内部承継のイメージ

長年一緒に働いてきた職員の顔が浮かぶ。その気持ちは、決して甘い考えではありません。実際、職員への承継を考える所長は、少しずつ増えています。

同じ想いを持つ所長は少なくない

なぜいま、内部承継が話題に上りやすいのでしょうか。背景には、税理士の高齢化があります。日本税理士会連合会の調査では、税理士登録者の平均年齢は60歳を超え、60歳以上が約半数を占めるとされています。つまり、引退の時期を意識する所長が増えているのです。

事務所を閉じれば、顧問先は別の事務所を探すことになります。職員も職を失います。だからこそ「廃業ではなく、誰かに継いでもらえないか」と考える。その流れのなかで、身近にいる職員への承継が、現実的な選択肢として浮かび上がってきます。

「内部承継」とは何か

内部承継とは、事務所の職員に資格・顧問先・経営を引き継ぐことを指します。番頭格の職員や、見込みのある若手に事務所を託す形です。

事業承継には、大きく3つの道があります。お子さんなど身内に継ぐ「親族内承継」。外部の事務所や第三者に譲る「外部承継(M&A)」。そして、職員に継ぐ「内部承継」です。内部承継は、事務所の文化や顧問先との関係を知る人に託せる点が特徴といえます。

内部承継という選び方——メリットと、向き合うべき現実

いい面だけをお伝えするのは、誠実ではありません。難しさも含めて、一緒に見ていきましょう。

メリットと、向き合うべき難しさ

内部承継には、たしかな良さがあります。職員はすでに顧問先を知っているため、関係が途切れにくい。先生が築いてきた事務所の文化や仕事の進め方も、引き継がれやすいでしょう。働いてきた仲間の雇用を守れる安心感もあります。

一方で、向き合うべき現実もあります。後継者を一人前に育てるには年月がかかります。実務ができる職員でも、経営者としての判断力や覚悟は、すぐには身につきません。資格を持っていなければ、その取得支援も必要です。

お金の問題も避けられません。職員が事務所の持分(事務所の所有権にあたるもの)を買い取るには、まとまった資金が要ります。そして、育成の途中で本人が辞めてしまう可能性もゼロではありません。

どちらにも、向き・不向きがあります

内部承継と外部承継を、立場ごとに並べてみます。

視点 内部承継(職員に継ぐ) 外部承継(M&A・第三者へ)
所長(あなた) 育てた職員に託せる安心感/準備に数年かかる/対価は分割になりやすい 比較的短期間で実現しやすい/対価をまとめて受け取りやすい/相手を見極める必要
職員 雇用と働き方が維持されやすい/後継者本人の負担は大きい 新体制への適応が必要/統合方針次第で処遇が変わりうる
顧問先 担当者・方針が変わりにくく安心されやすい サービス拡充の可能性/引き継ぎ次第で離反リスク

どちらにも向き・不向きがあります。先生が何を一番大切にしたいかが、出発点です。早さを取るのか、託す相手を取るのか。正解は事務所ごとに違います。

5年計画の全体像——いつ、何から始めるか

一度にすべてを背負う必要はありません。5年という時間を、味方につけましょう。

なぜ5年なのか

「5年は長い」と感じられるかもしれません。けれど、内部承継でやるべきことを並べると、それぞれに年単位の時間がかかります。

職員が資格を取るには、勉強の時間が要ります。担当する顧問先を少しずつ移していくのにも、相手の信頼を得る期間が必要です。持分やのれんを渡す資金も、一度には用意できません。だから、引退の時期から逆算して、5年ほどの計画を組むと無理がないのです。逆にいえば、5年あれば段階的に進められます。

年次ロードマップ

実際の進め方を、年ごとに整理しました。

時期 主にやること 関わる関係者 お金の動き
Year 1 後継者候補の選定・本人の意思確認/資格取得の支援開始 所長・候補職員 準備段階・大きな動きなし
Year 2 主要顧問先の担当を候補職員へ段階移管/経営知識の教育開始 所長・候補・顧問先 候補職員の処遇見直し(昇給等)
Year 3 経営判断への参加/所内マネジメント経験/顧問先への顔つなぎ本格化 所長・候補・職員全体 持分・のれんの渡し方を検討開始
Year 4 持分の段階譲渡/オーナー報酬の段階的見直し/対外的に後継者を周知 所長・候補・専門家(税理士等) 持分譲渡の一部実行/報酬移行開始
Year 5 代表交代・正式承継/所長は顧問・サポート役へ 全関係者 残持分譲渡完了/報酬移行完了

これは一つの型です。事務所の規模やご事情で前後します。候補がすでに資格を持っていれば、もっと短くできるかもしれません。表のとおりに進めなくても大丈夫です。

後継者を「育てる」とは——実務スキルから経営者マインドへ

「うちの番頭は実務はできるが、経営者になれるだろうか」——その不安こそ、育成のスタート地点です。実務と経営は、別の力だからです。

実務スキルの引き継ぎ

まずは、先生の頭のなかにある仕事を、後継者に渡していきます。担当顧問先ごとの事情、過去の経緯、ちょっとした注意点。こうした知識は、先生だけが持っていることが多いものです。

属人化したままでは、承継はうまくいきません。誰が見ても分かるように、業務の手順や顧問先情報を整理していきましょう。後継者が資格をまだ持っていなければ、勉強時間の確保など、取得の支援も並行して進めます。

「ミニ所長」で終わらせない

ここが、内部承継のいちばんの勘所かもしれません。実務がよくできる職員ほど、先生の指示を忠実にこなす「ミニ所長」になりがちです。けれど、それでは経営者は育ちません。

経営者になるとは、自分で意思決定をするということ。料金を決める、人を採用して育てる、新しい顧問先を取りにいく。こうした仕事を、少しずつ本人に任せていきます。任せれば、当然うまくいかないこともあります。失敗を許せる期間を、あえて計画に組み込んでおくと安心です。後継者の育成については、事業承継の最大の失敗は『ミニ社長』を育ててしまうこともご参考になります。

職員が「継ぎたい」と思える関係づくり

忘れてはいけないのが、後継者本人の気持ちです。承継は、所長が一方的に「お前が継げ」と指名して進むものではありません。本人にも、人生の計画があります。

大切なのは、対話です。本人がどう働きたいか、事務所をどうしたいか。じっくり聞く時間を持つことが、結局は近道になります。一方的な指名で進めたために、後になって本人が尻込みしてしまう。そうしたケースが報告されています。本人のキャリア観を尊重する姿勢が、承継を前に進めます。

お金の段取り——のれん・持分の渡し方とオーナー報酬の段階移行

お金の話は切り出しにくいもの。でも、ここを曖昧にしないことが、後継者を守ることにつながります。

のれん・持分をどう渡すか

事務所を継ぐとき、後継者は「のれん」や「持分」を引き受けます。のれん(顧問先との信頼関係や事務所の評判という、目に見えない価値)は、長年かけて築かれた財産です。持分は、事務所そのものの所有権にあたります。

これを一括で渡すと、後継者に大きな資金負担がのしかかります。職員の手元資金には、限りがあるのが普通です。そこで現実的なのが、段階譲渡という考え方です。数年に分けて、少しずつ渡していく。こうすれば後継者の負担が和らぎます。

のれんや持分の金額は、事務所により幅があります。一律にいくら、とは言えません。だからこそ、専門家を交えて、双方が納得できる形を時間をかけて探ることが大切です。

オーナー報酬の段階的な見直し

もうひとつ、先生ご自身の報酬の話があります。代表を退くまでに、報酬をどう移していくかという論点です。

これも、一度に下げる必要はありません。役割を少しずつ後継者に移しながら、報酬も段階的に見直していく。後継者の処遇とのバランスを取りながら進めます。そして、先生ご自身のリタイア後の生活設計も、忘れずに。承継は、先生が安心して次のステージに進むためのものでもあります。

税金の話は、ここだけ押さえれば大丈夫——事業承継税制の特例と相談窓口

税金の話は難しく感じますが、すべてを今ご自身で理解する必要はありません。要点と相談先だけ押さえれば十分です。

事業承継税制(特例措置)の概要

事業承継にともなって、税金がかかる場面があります。そうした負担を一定の条件のもとで軽減する仕組みとして、中小企業庁が案内する「法人版事業承継税制(特例措置)」があります。

この制度は、要件を満たせば親族以外への承継でも対象になりうるとされています。職員に継ぐ内部承継でも、検討の余地があるということです。ただし、適用には細かい要件や手続き、期限が定められています。制度の詳細や、ご自身が対象になるかどうかは、専門家や公的窓口で必ずご確認ください。

つまずきやすいポイントと、職員に重荷を背負わせないための配慮

ここまで読んで、まだ不安が残っているかもしれません。よくいただく疑問に、正直にお答えします。

つまずきやすいポイント

その前に、自分の進め方を振り返るチェックリストです。あてはまる項目がないか、確認してみてください。

  • 後継者の意思を一方的に決めつけていないか
  • 顧問先への引き継ぎを焦りすぎていないか
  • 後継者一人に負担が集中していないか
  • お金の段取りを先送りにしていないか
  • 所長自身のリタイア後の生活設計ができているか

ひとつでも気になる項目があれば、そこが見直しどころです。完璧でなくて構いません。気づいた今から、整えていけば大丈夫です。

よくあるご質問

Q. 番頭格の職員に税理士資格がない場合、内部承継はできますか?

A. 進め方はあります。ひとつは、計画的に資格取得を支援する方法です。もうひとつは、別途有資格者を確保し、その職員には経営面の後継者になってもらう形です。どちらが合うかは事務所次第なので、両方を検討してみてください。

Q. 育成の途中で、その職員が辞めてしまったらどうなりますか?

A. 残念ながら、離脱が起こることはあります。だからこそ、最初から一人に依存しすぎない設計が大切です。複数の候補を視野に入れたり、節目ごとに本人の意思を確認したりして、段階的に合意を重ねていくと、リスクを和らげられます。

Q. 私(所長)の報酬は、いつから減らせばよいですか?

A. 一度に減らす必要はありません。役割を後継者に移していくのに合わせて、段階的に見直すのが一般的です。事務所の収益と、後継者の処遇とのバランスを見ながら進めましょう。

Q. 顧問先は、所長交代を受け入れてくれるでしょうか?

A. 急な交代ほど、戸惑われやすいものです。逆にいえば、数年かけて後継者の顔つなぎを重ねておけば、離反のリスクは下げられます。早い段階から少しずつ担当を移していくことが、安心につながります。

Q. 5年もかけられない場合、内部承継は諦めるべきですか?

A. 諦める必要はありません。期間はご事情で前後します。候補がすでに資格者であれば短縮できますし、工夫の余地もあります。どうしても時間が足りなければ、外部承継と組み合わせる道もあります。期間だけで判断しなくて大丈夫です。

まとめ

内部承継は、育てた職員に事務所を託す現実的な選択肢です。5年ほどの計画を立てれば、後継者の育成・お金・税金の段取りを、段階的に進められます。一度にすべてを背負う必要はありません。

ただし、内部承継だけが正解ではないこともお伝えしておきます。外部承継(M&A)も、対等な選択肢のひとつです。早さや対価の受け取り方を重視するなら、そちらが合う先生もいらっしゃいます。大切なのは、先生が何を一番大切にしたいかです。

どの道を選ぶにせよ、一人で抱え込まなくて大丈夫です。迷っている段階から、選択肢を一緒に整理することはできます。私たちは、その伴走者でありたいと考えています。

「まだ決めていない」その段階こそ、お話ししてみませんか

ここまで読んでくださった先生は、内部承継も外部承継も、どちらかに決めきれずにいらっしゃるかもしれません。それで大丈夫です。むしろ、決める前の段階こそ、一度立ち止まって整理する価値があります。

「売る」と決めていなくても構いません。「まだ何も決めていない」とお伝えいただいて構いません。事務所の状況や、育ててこられた職員さんのこと、ご自身のこれからを、第三者の視点を入れながら一緒に整理してみる——その30分が、次の一歩を考えるきっかけになることがあります。

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