ふと「事務所の評価額を売却前に上げる方法」と検索された先生へ。同じことを考えている同業の先生は、決して少なくありません。日本税理士会連合会のデータによれば、税理士登録者の平均年齢は60歳を超え、60歳以上が約半数を占めています。漫然とした不安を抱えながらも、誰に何を相談していいかわからない。そんな夜にこのページに辿り着いた方へ、評価額を左右する3つのレバーと、3年前から直前までの時間軸別アクションを整理しました。売らない選択肢も最後に並べています。一緒に考えていきましょう。

事務所の評価額は何で決まるのか

付箋紙を整理するビジネスマンのイラスト

事務所を譲るとなったとき、買い手側が見るのは大きく分けて「数字」と「数字に表れない部分」の二つです。まず数字の話から整理していきます。

売上ベースと利益ベース、2つの考え方

業界一般で語られる売却相場には、二つの考え方があります。一つは年間売上に一定の係数を掛ける方法、もう一つは営業利益に年数を掛ける方法です。

評価方法 計算式の目安 重視されやすい場面
売上ベース 年間売上 × 0.8〜0.9 顧問先数が安定し、解約が少ない事務所
利益ベース 営業利益 × 2〜5年分 利益率が高く、効率経営できている事務所

どちらの方式が採用されるかは、買い手の方針や事務所の状態によって変わります。「売上は大きいが利益が薄い」事務所と、「売上は小さいが利益率が高い」事務所では、見え方が変わるという話です。

数字に表れない「のれん」部分

評価額には、数字だけでは説明できない部分があります。いわゆる「のれん」と呼ばれる無形の価値です。具体的には、顧問先との関係の深さ、職員の定着率、業務マニュアルの整備度、所長個人への依存度の低さなどが含まれます。

詳しくは 会計事務所の「のれん」はどう計算する? で整理していますが、ここで押さえておきたいのは、のれんは「あとから足し算で増やすもの」ではなく、「数年かけて土台に育つもの」だということです。直前6ヶ月で慌てて整えても、買い手側には見抜かれます。

評価額を上げる3つのレバー

評価額に効くレバーは、整理すると三つに集約されます。どれか一つだけでも効果はありますが、三つを並行して進めると、相乗効果が出やすいと言われています。

レバー1 DX(業務効率化と可視化)

DXと聞くと身構える先生もいらっしゃいますが、ここで言うDXは「最新システムへの総入れ替え」ではありません。記帳代行のクラウド化、申告データの一元管理、顧問先とのチャットや資料授受のオンライン化など、業務の流れを「誰が見ても追える状態」にすることが本質です。

買い手が見るのは、所長が席を外しても回るかどうか、業務が属人化していないかどうかです。検討段階に入った士業オーナーの先生方からは、「事務所DX 売却」というキーワードで情報を集める動きがよく見られます。

レバー2 業務の標準化

業務の標準化とは、職員ごとに違っていた手順を揃え、マニュアル化することです。決算スケジュール、年末調整の段取り、新規顧問先の受け入れ手順など、誰がやっても同じ品質になる仕組みを作る作業です。

標準化が進んでいる事務所は、買い手から見て「引き継ぎリスクが低い」と評価されます。逆に、所長の頭の中にしかルールがない事務所は、所長が抜けた瞬間に回らなくなるリスクがあると判断されがちです。

レバー3 顧問先ポートフォリオ整理

ポートフォリオ(顧問先の構成バランス)の整理は、地味ですが効果の大きいレバーです。具体的には、長年低顧問料のままになっている顧問先の見直し、不採算先の整理、業種・規模の分散度合いのチェックなどが該当します。

一社に売上の3割以上が集中している事務所は、その一社が抜けた場合のリスクが高いと評価されやすくなります。買い手は「特定先依存度」の数字を必ず見ると言われています。

レバー 主な内容 効果が出るまでの期間 難易度
DX 業務のクラウド化・可視化 1〜2年
業務標準化 マニュアル整備・属人化解消 1〜3年
顧問先整理 不採算先見直し・特定先依存解消 6ヶ月〜1年

時間軸別アクションプラン

「いつから何を始めればよいか」を、3年前・2年前・1年前・直前6ヶ月の四段階で整理します。すべての先生がこの通りに動ける訳ではありませんが、目安として参考にしていただければと思います。

3年前: 数字の土台づくり

この時期は、会計データそのものを整えるフェーズです。月次決算の習慣化、勘定科目の整理、役員報酬や経費区分の見直しなどに取り組む先生が多いと言われています。

事務所が「個人の財布と一体化している」状態だと、買い手は数字を読みにくくなります。3年前から数字を「事業の数字」として整える意識を持つと、後の交渉で説明しやすくなります。

2年前: DX・標準化の本格着手

2年前からは、DXと業務標準化の本格着手が現実的な時期です。クラウド会計ソフトの導入、職員ごとの業務分担の見える化、マニュアルの草案作成などが代表的な動きです。

この時期は、まだ売却を最終決定していない先生も多いと思います。仮に売らない選択肢を取った場合でも、DX・標準化は事務所を続ける上でプラスに働きます。「売るために」というより「続けても辞めても効く投資」と位置づけられる時期です。

1年前: ポートフォリオ最適化と書類整備

1年前のフェーズでは、顧問先ポートフォリオの最終調整と、買い手に見せる書類の整備が中心になります。決算書3期分、顧問先一覧、職員構成、業務フロー図など、いわゆる「事務所のカルテ」をまとめる時期です。

書類整備は時間がかかります。直前6ヶ月で慌てて作ると、不整合が出やすく、買い手の信頼を損ねることがあります。1年前から計画的に進めると、無理がありません。

直前6ヶ月: 数字の体裁を整える

最終フェーズでは、過度な投資や採用を控え、数字を安定させることに集中します。新規開拓を急ぐより、既存顧問先との関係を維持することに比重を置く先生が多いと言われています。

時期 主なアクション 心構え
3年前 月次決算・科目整理・公私分離 数字を「事業の数字」に
2年前 DX導入・マニュアル草案 続けても辞めても効く投資
1年前 ポートフォリオ整理・書類整備 事務所のカルテをまとめる
直前6ヶ月 数字を安定させる・既存維持 急がない・広げない

具体的な売却プロセスやスケジュール感については、税理士事務所 売却の流れ|6ステップと期間の実態 も合わせてお読みいただくと、全体像が掴みやすくなります。

やってはいけない「評価額を下げる動き」

評価額を上げようとして、かえって下げてしまう動きもあります。代表的なものを三つ挙げます。

短期で売上を膨らませる

直前1年で新規顧問先を一気に増やすと、一見売上は伸びます。しかし買い手は「直近の数字が異常値ではないか」を必ず確認します。安定性のない売上は、評価上は割り引かれる傾向にあると言われています。

直前のスタッフ採用・大型投資

売却直前のスタッフ採用や、システムへの大型投資は、引き継ぎリスクを増やす要因とみなされがちです。投資は2年前までに終え、直前は「今の状態を維持する」ことに徹する方が無難という見方があります。

顧問先への売却示唆

正式合意前に顧問先へ「事務所を譲る予定」と伝えると、顧問先側が離脱を検討し始めることがあります。結果として売上ベースの評価が下がる事例が業界では報告されているようです。情報開示のタイミングは、買い手と相談しながら決めるのが一般的です。

売る以外の選択肢も並べておく

ここまで評価額を上げる話を続けてきましたが、売らない選択肢も等価に並べておきます。先生にとって最良の道は、必ずしも売却とは限りません。

親族・職員への承継

ご家族やお弟子さんへの承継は、伝統的な選択肢です。顧問先との関係を維持しやすく、職員の雇用も守りやすいという特徴があります。一方で、後継者の意思確認、贈与・相続の税務など、別の論点が出てきます。

提携・パートタイム継続

完全に手放さず、他事務所と提携する形や、所長として残りつつ業務量を絞る形も検討に値します。年齢を理由に「全部か無か」で考える必要はありません。

廃業を選ぶ判断軸

廃業も一つの選択肢です。中小企業白書2024によれば、士業を含む業種では廃業率5.61%が報告されています(中小企業庁『中小企業白書』2024年版)。顧問先の引き継ぎ先確保、職員の処遇、退職金や残債処理など、廃業にも準備期間が必要です。「売らない=楽」ではないことは、念頭に置いていただければと思います。

承継・売却・廃業の比較については、税理士事務所のM&Aとは? で全体の見取り図を整理しています。

よくある質問

Q1. 1年前から準備するのと3年前から準備するのでは、どれくらい評価額が変わるのでしょうか?

明確な数字で答えるのは難しいのですが、業界では「3年前から計画的に動いた事務所の方が、買い手の評価レンジの上限近くで決まりやすい」と言われています。差分は数字そのものよりも、「説明しやすさ」と「引き継ぎリスクの低さ」に表れる場合が多いようです。

Q2. DXに投資するお金がない場合、どこから手をつければよいでしょうか?

最初は無料・低コストのクラウド会計ソフトの試用や、職員間の情報共有を紙からチャットへ移すといった、小さな一歩から始める先生が多いです。一気に全部を変える必要はなく、まず「所長以外の人も状況が見える」状態を作るのが入口という整理ができます。

Q3. 顧問先に「事務所を譲る予定」と伝えるタイミングはいつが一般的でしょうか?

買い手との合意がある程度固まってから、買い手と相談の上で伝えるのが一般的です。早すぎる開示は顧問先の離脱を招くことがあり、結果として評価額にも影響することがあると言われています。

Q4. スタッフに準備を手伝ってもらうとき、売却の話はどう伝えればよいでしょうか?

「将来の選択肢を整理するために、業務の棚卸しを進めたい」といった伝え方をされる先生もいらっしゃいます。売却と確定する前段階では、「事務所の状態を見える化する」目的として共有する方が、職員の不安を招きにくいと言われています。

Q5. 準備期間中に体調を崩した場合、それまでの準備は無駄になるのでしょうか?

無駄にはならない場合が多いです。整えた書類、標準化された業務、整理された顧問先構成は、ご家族や職員が後を継ぐ場合にもそのまま使えます。準備の方向性そのものが、複数の選択肢に開かれた形になっているからです。具体的な相場感は 税理士事務所 売却相場売却時の税金 も参照してみてください。

まとめ

評価額を上げる準備は、DX・業務標準化・顧問先ポートフォリオ整理の三つに集約されます。3年前から動けば数字と説明力の土台が整い、直前6ヶ月は「広げず急がず」が原則です。売る以外の選択肢も並べた上で、ご自身にとって納得のいく道を、一緒に考えていけたらと思います。


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この記事を読んで「DXも顧問先整理も大事なのは分かったけれど、自分の事務所はどこから手をつけるべきだろう」と感じた先生へ。

評価額を上げる準備は、売却するかどうかを決める前から始められます。とはいえ、一人で考えていると優先順位がつけにくいもの。

5つの質問に答えるだけで、今のご自身の気持ちや事務所の状態が、少し整理されてきます。診断や評価ではありません。3年計画の出発点を、ご自身のペースで確認するための小さな振り返りです。

※ 相談や面談ではありません。回答内容が外部に公開されることもありません。売却ありきでも、続ける前提でも、どちらの先生にもお使いいただけます。

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