「もし今、自分の事務所を売るとしたら、いくらになるんだろう」——夜、机に向かって電卓を叩いた経験はありませんか。同業の集まりで「年間売上の◯倍だよ」と耳にしても、いざ自分の事務所に当てはめようとすると、何をどう計算すればいいのか分からない。先生のそんなモヤモヤに、本記事はお応えします。年売上3,000万円・職員3名の事務所を仮設例に、年買法・類似会社比較法・DCF法の3手法でいくらになるかを計算プロセスごと比較しました。仲介から金額を提示されたとき、その妥当性を自分の言葉で判断できるようになります。

「いくらに評価されるんだろう」— 相場だけでは答えが出ない理由

グラフ・データをチェックするイラスト

「うちの規模なら、だいたい何千万円くらいになるんだろうか」と気になったことはないでしょうか。ただ、相場の数字だけ眺めても、なぜか腹に落ちない。その感覚には理由があります。

同業から聞く「◯倍」が腹落ちしない理由

同窓会や支部の集まりで、「最近◯◯先生の事務所が売上の0.8倍で売れたらしい」という話を聞くことがあります。なるほどと頷きつつも、自分の事務所に当てはめてみると、しっくりこない。職員の人数も顧問先の業種も、自分とは違うからです。

「◯倍」という相場感は、あくまで取引全体を均(なら)した平均値です。先生の事務所が安定して30年続いてきた事実や、顧問先の8割が10年以上の長期契約だという固有の強みは、平均値には含まれていません。だから腹落ちしないのです。

数字を自分の事務所に翻訳するには、計算プロセスそのものを理解する必要があります。

相場感と計算プロセスの役割分担

そもそも「相場を知りたい」と「計算式を知りたい」は、別の問いです。

相場感そのものを知りたい方は税理士事務所の売却相場をやさしく整理した記事で全体感をつかんでください。本記事はその一歩先、「自分の事務所の数字を当てはめると、いくらになるのか」を計算プロセスから理解するためのものです。仲介から提示された金額が高いのか安いのか、自分の根拠で判断できる状態を目指します。

バリュエーションの3つのアプローチ — インカム/マーケット/コストをやさしく整理

事業の値段の付け方には、世界共通で3つの考え方があります。難しい話ではありません。「未来から見るか」「他人と比べるか」「持ち物の値段で見るか」、この3視点です。

ひとつめは「インカムアプローチ」。これから稼ぐお金から逆算する考え方で、代表選手がDCF法です。ふたつめは「マーケットアプローチ」。似た事務所の取引事例から逆算する考え方で、類似会社比較法が当たります。みっつめは「コストアプローチ」。資産から負債を引いた純資産で見る考え方です。

士業のM&A実務でよく使われるのは、年買法と類似会社比較法の2つ。年買法は厳密にはコストとインカムの中間のような立ち位置ですが、計算が簡単で関係者の納得を得やすいため、最頻出の手法です。DCF法は理論的には精緻ですが、職員数名規模の事務所では将来CFの予測が立てづらく、参考値どまりで使われることが多いと言われています。

なお、本記事は「事務所をいくらで売買するか」を決める計算手法を扱います。買い手側の会計処理として登場する「のれんの償却・減損」は別テーマのため、本記事のスコープ外です。

【手法1】年買法 — 士業M&Aで最もよく使われる計算式と評価係数の決まり方

最初に押さえておきたいのが年買法(ねんがいほう)です。先生が同業から聞く「営業利益の◯年分」という言い方は、ほぼこの年買法を指しています。

計算式はシンプルです。

譲渡価格 = 営業利益 × 評価年数(2〜5年分)

たとえば営業利益600万円の事務所なら、係数3年で1,800万円、係数5年で3,000万円。同じ事務所でも、係数の置き方ひとつで1,200万円の差が出ます。だから「うちはいくら?」の答えは、係数の根拠を見ないと決まりません。

評価係数が高くなる事務所には共通点があります。顧問先の継続率が高い、解約率が業界平均より低い、業務がマニュアル化されていて職員が独立した後も回る、後継候補の職員が残ってくれそう、といった要素です。逆に係数が低く見られやすいのは、顧問先が所長の人間関係に強く依存している、業務記録が紙ベースで属人化している、職員の平均年齢が高く同時引退リスクがある、といったケースです。

年買法の良さは、計算の透明性です。買い手も売り手も、何を根拠に何年分にしたかを話し合えます。逆に弱点は、評価係数の根拠が交渉次第になりやすい点。だからこそ、自分の事務所のどこが係数を押し上げる要素なのか、事前に整理しておく価値があります。

【手法2】類似会社比較法 — 同規模事務所の取引事例から逆算する考え方

「他の事務所はいくらで売れたのか」が一番気になるところではないでしょうか。それを計算に取り込むのが類似会社比較法です。

考え方は、似た規模・似た業態の事務所の取引事例を集め、そこから「売上の何倍で売れている」というマルチプル(倍率)を出し、自分の事務所の売上に掛け合わせるというものです。複数のM&A仲介の公開情報を整理すると、税理士事務所の売上倍率はおおむね0.8〜1倍が中心帯と言われています。年売上3,000万円の事務所なら、2,400〜2,700万円の幅に収まる計算です。

ただし、この手法には正直な限界があります。士業の事業承継案件は中小規模が多く、取引価格が公開されることはほとんどありません。仲介各社が保有する事例は社外に出ないため、売り手側で精度の高い比較データを集めるのは難しいのが実情です。

実務では、仲介の担当者が「弊社が見てきた事例の中央値はこのあたり」と提示するケースが多くなります。先生の側でできるのは、提示されたマルチプルが妥当な範囲か、複数社の公開情報と照らして粗くチェックする、というところまでです。

【手法3】DCF法 — 将来キャッシュフローから算定する本格的な手法(限界も正直に)

「3つめのDCF法はちょっと難しそう」と感じる先生もいらっしゃるかもしれません。仕組みだけ押さえておけば十分です。

DCF法(Discounted Cash Flow、割引キャッシュフロー法)は、これから先5年なり10年なりに事務所が稼ぐキャッシュフローを予測し、それを「現在の価値」に割り引いて合計する手法です。割引率には、その事業のリスクや金利が反映されます。理論的には最も精緻で、上場企業の買収では標準的に使われています。

ただ、職員3〜5名の税理士事務所でこの手法がそのまま使われる場面は、実務上多くないと言われています。理由は3つあります。1つめは、所長個人の働き方に売上が左右されやすく、5年先のCFを真面目に予測しても誤差が大きくなること。2つめは、割引率の置き方ひとつで結果が数百万円単位で動いてしまうこと。3つめは、買い手側も「複雑な計算より、シンプルな年買法のほうが交渉しやすい」と感じることが多い点です。

結果として、DCF法は「年買法で出した金額の妥当性をチェックする参考値」として扱われる場面が多いようです。

【実例試算】年売上3,000万・営業利益600万の事務所を3手法で計算するといくらになるか

ここからが本記事の本題です。仮設例として「A税理士事務所(仮設例)」を置き、3手法で試算してみます。

【A税理士事務所の前提条件】

  • 年間売上: 3,000万円
  • 営業利益: 600万円(利益率20%)
  • 職員数: 3名(うちパート1名)
  • 所長の登録年数: 30年超
  • 顧問先数: 80社(平均顧問期間8年)
  • DXツール導入: クラウド会計を全顧問先に展開済み

この事務所を3手法で計算すると、以下のようになります。

項目 年買法 類似会社比較法 DCF法
計算式の概要 営業利益 × 評価年数 売上/利益 × マルチプル 将来CF ÷ 割引率
仮設例の試算結果 1,800〜3,000万円 2,400〜2,700万円 2,200〜2,800万円
試算の前提 営業利益600万・係数3〜5年 売上3,000万 × 0.8〜0.9 5年CF・割引率10%
士業実務での頻度 高(最頻出)
メリット 計算が簡単・直感的 市場実勢を反映 理論的に厳密
デメリット 評価係数の根拠が曖昧 取引事例の入手困難 小規模では精度低
向く事務所 安定収益型 顧問先構成が標準的 成長余地が見える事務所

3手法とも、概ね2,000万〜3,000万円のレンジに収まりました。手法ごとに数字が異なる理由は、「何を価値の根拠とするか」が違うからです。

年買法は過去の利益実績を、類似会社比較法は他社の取引相場を、DCF法は将来の予測を、それぞれ重視します。実際の交渉では、買い手と売り手で得意な手法が異なるため、複数手法を並べて議論することが多いと言われています。先生の事務所のように顧問先継続率が高くDX投資も進んでいる場合は、年買法の評価年数を高めに置く根拠として使える要素が揃っていることになります。

逆に、もし係数2年(1,200万円)を提示されたとしたら、それは「この事務所のどの部分を低く見ているのか」を仲介に確認する余地がある、ということです。

計算結果が違う場合の読み方 — 仲介の提示額の妥当性を判断する視点

仲介から金額を提示されたとき、その数字をそのまま受け取るのではなく、ぜひ次の3つを確認してみてください。

  • どの手法で計算した金額か(年買法か、類似会社比較法か、複数手法の組み合わせか)
  • 評価係数やマルチプルをその値に置いた根拠は何か(顧問先継続率、業務マニュアル化、職員の残留意向のどれが効いているか)
  • 先生の事務所固有の強み(30年の登録歴、長期顧問先比率、DX進捗)が、どの数字に反映されているか

この3つを聞ける状態になっていれば、提示額が高いか安いかを自分の言葉で判断できます。逆に、仲介がこの3点を説明できないなら、もう一社の見立てを聞いてみる余地があります。

数字は、振り回されるためのものではなく、根拠を持って話し合うための道具です。先生の事務所の価値を、一緒に整理させてください。


💬 「自分の事務所だと、いくらになるのか」を、一緒に計算してみませんか

3手法での試算は、ご自身でもある程度進められます。ただ、のれん年数の置き方や、職員継続率・顧問先の継続見込みといった「数字に表れにくい変数」をどう織り込むかは、第三者の目を入れたほうが落ち着いて整理できることが多いです。

エナウトパートナーズでは、売ると決めていない段階のご相談も承っています。急かすことはありません。先生の事務所の状況をうかがいながら、その際のマーケットやトレンドも考慮しながら、提示額レンジを一緒に書き出すところから始めます。

  • 所要時間: 30〜45分(オンライン可)
  • 費用: 無料
  • 秘密厳守。お話しいただいた内容が外部に出ることはありません

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※ 「まだ何も決めていない」「数字を聞いてから考えたい」——そんなスタンスで構いません。判断材料を一緒に整える時間として、お使いください。

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