「税理士事務所のM&A」という言葉を、最近よく目にされるのではないでしょうか。同業のセミナー、業界紙、ネットの記事。聞かない日が無いほどです。

でも、いざ自分の事務所の売却や事業承継を考えるとなると、少し戸惑う方も多いと思います。「そもそも、税理士事務所のM&Aって何をするのか」「自分の事務所が対象になるのか」。基本のところを誰かに聞きたい、でも周りには聞きづらい。そんな段階の先生に向けて、仕組みと主なメリット・デメリット、動き出す前に確認したい3つのことを、できるだけやさしく整理しました。

「売る」と決めていなくても、読み終わるころには気持ちが少し整理されると思います。

そもそも税理士事務所のM&Aとは?

パソコンを持つ中年の男性ビジネスマンのイラスト

M&Aと「売却」の関係をやさしく整理

M&A(エムアンドエイ)とは、Mergers and Acquisitions、つまり「合併と買収」を指します。難しい言葉に聞こえますが、税理士事務所のM&Aで実際に起きていることは、それほど複雑ではありません。

ご自分の事務所を、別の税理士法人や会計事務所に引き継いでもらう。多くの場合、その対価としてお金を受け取る。これが税理士事務所のM&A、いわゆる「売却」の中心です。「事業譲渡」「法人の株式譲渡」など、いくつかのやり方がありますが、入口の感覚としては「事務所をまるごと、信頼できる相手に託す」と捉えていただいて大きく外しません。

「売却」と聞くとお店を畳むようなイメージを持たれるかもしれませんが、M&Aの場合、看板や顧問先、職員が引き継がれるため、事務所そのものは続いていきます。先生ご自身が引退されたあとも、顧問先のお客様には今までどおりサービスが届く。そうした継続性がある点が、廃業との大きな違いです。

税理士事務所のM&Aが普通の会社売却と違う3つの点

一般的な会社売却と違う特徴がいくつかあります。先生方の事務所だからこそ知っておきたいポイントを3つに絞って整理します。

第一に、後継者には資格が必要です。税理士法上、税理士事務所の業務を承継できるのは税理士または税理士法人に限られます。親族に承継しようと思っても、ご家族が税理士でなければ簡単には引き継げません。これは他業種にはない大きな違いです。

第二に、多くが個人事業の形で運営されています。法人形態(税理士法人)でなければ「株式譲渡」という方法は取れません。一般的には事業譲渡、つまり顧問契約や設備、職員の雇用を一つひとつ引き継ぐ形が中心です。

第三に、売買の対象が「人と関係」であるという点です。製造業のように工場や在庫が中心ではありません。顧問先との信頼関係、職員の人柄、先生ご自身の評判。それらが大きな価値を持ちます。だからこそ、買い手側は「事務所の数字」だけでなく、関係の質を丁寧に見ていきます。

売り手の先生が選ぶ主な理由

「なぜ今、M&Aを選ぶ先生が増えているのか」。背景を3つの角度からお伝えします。

後継者不在の解消

日本税理士会連合会の調査によれば、税理士の平均年齢は60歳を超え、60歳以上が約半数を占めています。一方、20〜30代の若手税理士は限られており、後継者の確保は業界全体の課題です。

ご親族に税理士の方がいない、職員に資格者がいない。そういう状況で、廃業以外の選択肢を探そうとすると、自然と外部の事務所に引き継いでもらう方法、つまりM&Aが視野に入ってきます。

顧問先と職員を守るため

廃業を選んだ場合、長年お付き合いのあった顧問先のお客様は、ご自分で新しい税理士を探さなくてはなりません。職員の雇用も終わります。

M&Aで信頼できる相手に承継してもらえれば、顧問先のサービスは続き、職員も新しい体制のもとで働き続けられる場合が多いようです。「顧問先に申し訳ない」「職員の生活が気になる」という気持ちを抱えてきた先生にとっては、その心残りを和らげる選択肢になります。

引退後の生活を見通すため

M&Aでは、事務所の価値が金銭として評価されます。長年積み上げてきた顧問先の関係、安定した売上、ブランド。これらが対価として手元に入ることで、引退後の生活設計に余裕が生まれます。

業界では、売却価格の目安として「年間顧問報酬の0.8〜1倍」「営業利益の2〜5年分」といった水準が一般的に語られます(中小企業庁・業界各社の公表情報より)。あくまで一般値で、事務所ごとに大きく変わりますが、「年金以外の引退原資をどう作るか」という観点で、選択肢を持てるのは大きな意味があります。

メリット・デメリットを並べて見る

ここまでの内容を、メリットとデメリットで並べ直しておきます。判断するためではなく、全体像をつかむための整理です。

主なメリット

  • 後継者問題が解決する。親族や職員に承継しなくても事務所を続けられます。
  • 顧問先のサービスが途切れない。廃業と違い、引き継ぎ先が顧問契約を継続します。
  • 職員の雇用が守られやすい。新しい体制でも継続雇用となる場合が多くあります。
  • 先生ご自身に対価が入る。引退後の生活原資になります。
  • 「畳む」ストレスから解放される。廃業手続きや顧問先への通告、職員への説明などの心理的負担が軽くなります。

主なデメリット・注意点

  • マッチングに時間がかかる。半年から1年以上かかるケースが多いとされます。
  • 顧問先の一部が離れる可能性がある。体制変更を理由に契約を見直すお客様もいます。
  • 職員が退職するリスクがある。体制が変わることで職員側が将来を考え直す場合もあります。
  • 個人事業だと株式譲渡ができない。事業譲渡となり、契約や届出を一つずつ移す手間がかかります。
  • 先生のアイデンティティが揺らぐ時期がある。「自分の事務所が他人の手に渡る」感覚に、整理がつかない時期もあります。

比較表でひと目で見る

観点 M&A(売却) 廃業
顧問先への影響 引き継ぎ先がサービスを継続 自分で別の税理士を探す必要
職員の雇用 継続される場合が多い 終了
先生の対価 事務所価値に応じて受け取れる 原則なし(資産売却分のみ)
手続き期間 半年〜1年以上が目安 数ヶ月〜半年程度
心理的負担 引き継ぎ先選びと面談など 顧問先への通告・解雇手続きなど

どちらが正解という話ではなく、事務所の状況や先生のお気持ちで答えが変わります。

動き出す前に確認したい3つのこと

最後に、もし「少し詳しく知ってみようかな」と感じた先生に向けて、最初に押さえておきたい3つの視点をまとめます。

「売る」と決めなくていい

情報を集める段階と、実際に売却を決断する段階は別物です。「相談しただけで売却が進んでしまうのでは」と心配される先生もいますが、初期の相談は事務所の現状を整理し、選択肢を並べるための作業です。「決めない」を選び続けることもできます。

廃業や継続も含めて並べる

M&A一択で考えると、視野が狭くなりがちです。事務所の規模、顧問先の構成、先生の体調や家族の状況によっては、廃業や、もう数年続けるという選択が合っているケースもあります。複数の選択肢を一度テーブルに並べたうえで、納得のいく道を選びたいところです。

信頼できる相談相手の選び方

最初の相談相手は、「売却ありき」で話を進めない人を選ぶことをおすすめします。話を聞いて、廃業や継続も含めて選択肢を一緒に整理してくれる相手かどうか。秘密保持の体制が整っているか。「先生の事務所に合うかどうか」を一緒に考えてくれる姿勢があるか。最初の30分の対話で、伴走できる相手かどうかは見えてきます。

まとめ

税理士事務所のM&Aとは、ご自分の事務所を別の税理士法人や会計事務所に引き継ぎ、その対価を受け取る承継の方法です。後継者問題の解消、顧問先と職員を守ること、引退後の生活設計。3つの理由が背景にあり、メリットも、注意点も、それぞれにあります。

大切なのは、いきなり結論を出さないこと。情報を整理し、廃業や継続も含めて選択肢を並べ、信頼できる相手と対話を重ねる。その過程で、先生ご自身が一番納得できる答えが見えてきます。

夜、ふと事務所の将来が気になったとき、「自分はどう感じているのか」をゆっくり言葉にしてみる。その小さな振り返りからで、十分です。


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